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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)958号 判決 1988年11月30日

控訴人

三岡物産株式会社

右代表者代表取締役

三岡哲夫

右訴訟代理人弁護士

小林多計士

被控訴人

天野吉商事株式会社

右代表者代表取締役

天野栄一

右訴訟代理人弁護士

池上健治

主文

本件控訴を棄却する。

原判決主文第一項を次のとおり更正する。

控訴人は被控訴人に対し、金八二八万七二三四円及びこれに対する昭和六〇年二月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は繊維製品の卸売、輸出入を業とする会社であり、控訴人は繊維製品(主として靴下)の貿易を業とする会社である。

2(一)  被控訴人は、控訴人との間に、その昭和五二年七月一七日設立当初から、控訴人が、韓国の現地もしくは国内で現物見本を見て選定した商品(以下「商品」という)を、控訴人直接もしくは被控訴人を通じて間接に、韓国の製造業者に注文し、被控訴人が、右業者が製造した商品の輸入業務を代行する継続的取引を行ってきた(以下右取引を「本件取引」と、被控訴人の右輸入業務を「輸入代行」とそれぞれいう)。

(二)  本件取引には以下のとおりの約定が存在した。

(1) 被控訴人は、控訴人に代わって信用状を開設し、韓国の製造業者が商品発送後、その船荷証券取得のために、銀行から四か月の借入期間(ユーザンス)でドルを借りて、支払当日の為替相場で支払を行うが、本件取引の場合、右借入期間後の返済期日のドルの先物予約は行わず、商品一デカ(一〇足)あたりの原価格つまり輸入単価(ドル)に、信用状開設及び通関等の輸入手続に要する諸費用(商品の原価格の約一二〇パーセント、以下「輸入諸費用」という)、被控訴人の手数料(同約五パーセント、以下「手数料」という)を加算して、本件取引の売買単価とする。

(2) 本件取引の決済通貨は、右(1)の被控訴人が輸入代行にあたり支払う諸費用をすべてドル建てで支払う関係上、控訴人が被控訴人に対して支払うべき商品代金もドル建てとする。

(3) 被控訴人が商品代金及び輸入諸費用を支払って船荷証券を受け取った時点で、商品の所有権は控訴人に当然に移転し、被控訴人は商品を受け取り次第、所有権の手続を要せず、控訴人に対してただちに商品を引き渡す。

(4) 買契約書には、前記(1)により決定された売買単価を前記(3)の商品引渡時点での為替レート(以下「仮為替レート」という)で円貨に換算した金額を記載し、控訴人は被控訴人に対し、毎月の商品引渡分を、当月二〇日に締め切り、翌月一〇日に一三五日サイトの約束手形で支払う方法によって決済し、半年もしくは一年毎に、それまでの取引をまとめて、右ドル返済期日(信用状の決済時点)における為替レートと仮為替レートとの差額を計算し、前者のレートの方が高く、未払い分が存在する場合には、被控訴人が控訴人に対して右未払い分を、後者のレートの方が高く、過払い分が存在する場合には、被控訴人が控訴人に対して右過払い分を、それぞれ清算して支払う(以下「本件清算約定」という)。

3  本件取引は昭和五七年七月末に終了したが、昭和五五年九月以降右終了時点までの期間を通じて右清算を行うと、別表為替差益計算書記載のとおり、控訴人は被控訴人に対して、前記2(二)(4)の約定に基づき、八二八万七二三四円の清算金を支払うべきである(以下右清算金債権を「本件清算金債権」という)。

4  よって、被控訴人は控訴人に対し、本件清算金債権に基づいて、金八二八万七二三四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実中、後段の事実は認め、前段の事実は知らない。

2(一)  同2(一)の事実中、被控訴人が輸入した商品を控訴人が買い受ける取引が存在したことは認めるが、控訴人が被控訴人に対して、右商品につき輸入代行を依頼した事実は否認する。

現在において、業界において輸入代行業務が行われている事実は存在しない。控訴人は被控訴人に対し、商品の買付を委託したことはなく、本件取引は、控訴人と被控訴人間の売買契約であって、被控訴人の名において輸入された商品を控訴人が購入するものに過ぎず、被控訴人は自己の名において韓国の製造業者との間に、商品の売買契約を締結し、被控訴人が輸入に際して行う手続はすべて、被控訴人が控訴人に対して、商品を約定場所において引き渡すための輸送手段に過ぎない。

商社すなわち輸入業者が物品を購入する場合、その商品が有名なブランド商品であるときは格別、それ以外においては、外国の供給者より商品見本を取り寄せ、これを呈示して需要者を求め、買受約定を取ったうえで、外国の供給者に輸入業者が注文し、右業者において輸入業務を行って、所定の引渡場所において需要者に引渡を行うのが、現在の輸入関連取引の常道である。この場合、輸入業者は供給者よりの仕入れ値のほかに、輸入諸費用を計算し、これに自社の手数料を加えたものを国内販売価格として需要者に提示し、これをもつて需要者との間に売買契約を締結するのが慣習である。本件取引は右のような輸入物の典型的な売買取引である。

(二)(1)  同(二)(1)の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。

被控訴人、控訴人間の売買は、被控訴人作成の仕切伝票、買契約書の記載に明らかなとおり、円建てであった。もっとも買契約書には「米国通貨ベース」の文言があるが、右文言は、右文言に引き続いて、ドルを円に換算することにより、円建てで単価が算出記載されており、右円建ての記載により、右文言の本来の趣旨は否定されている。

(3) 同(3)の事実は否認する。

(4) 同(4)の事実中、被控訴人、控訴人間で一旦仮決済を行い、後に清算する合意がなされた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件取引は、単なる円建ての売買であり、代金は商品引き渡し時に一三〇日サイトの約束手形で支払う約定であった。したがって、本件取引における為替レートの変動によるリスクは、売主である被控訴人が負担すべきものであり、控訴人が為替レートの変動によるリスクを当然に負担する義務はなかった。右理由により、本件清算約定は買約定書には存在せず、また仕切時点の売上伝票にもその旨の約定の記載はなかった。ただ、被控訴人は、商品を輸入するに際し、韓国の製造業者との間に信用状によって決済することとし、また信用状の発行銀行との間には、信用状の決済につき輸入貨物の受領後四か月のユーザンスをとっていたので、売買契約の際代金決定の基準とした為替レートと信用状決済時の為替レートとの間に変動があった場合には、その差額を計算し、これを商品のシーズンの終期毎に清算することを、被控訴人と控訴人間において合意していた。

控訴人が、本件清算約定による為替差益の清算を行ったのは、本件取引の約定中に、「その他契約当時予測し得ぬ事由発生の時は売買両者間で話合いの上協議するものとする」旨の約定があり(買約定書裏面に記載された契約条件第五項)、右約定により、売買契約時と信用状決済時との為替レートの変動が激しいときは清算することを両者間で協議する余地が残されており、右特約条項に基づく協議の結果行われたに過ぎず、本件清算約定は本件取引の売買契約とは別個になされた特約であり、為替相場の変動による投機的かつ派生的な約定にすぎない。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

1  仮に本件清算約定に基づく被控訴人主張の本件清算金債権が存在するとしても、本件清算約定は、以下のとおり、解除もしくは合意解約され、右債権は消滅しあるいは発生していない。

(一)(1) 本件清算約定は、前記のとおり、本件取引の売買契約とは別個になされた、為替相場の変動による投機的な特約であり、本契約と切り難して解除しても、売買契約自体に対して基本的影響を与えるものではなく、一方当事者は、相手方に右特約違反等の相当の理由が存在すれば、本件清算約定のみを一方的に解除することができる。

(2) 控訴人は被控訴人に対し、昭和五六年六月一八日、同年三月末日以前の取引に関する清算による清算金三六七万二一〇二円の支払を求めたのに対して、被控訴人はこれを拒絶した。被控訴人の右拒絶の理由は、現に円安傾向にあり、いずれ控訴人の請求分が支払分を超過することになるであろうからというにあり、右理由による清算の拒絶は、相互に為替相場の予測に基づいて、右拒絶の口実を与えることになり、取引が継続するかぎり永久に決済がなされないこととなり、清算時期を決めた意味が失われ、信義に反し不当なものであった。そこで、控訴人は被控訴人に対し、同年六月二〇日頃、被控訴人の右債務不履行を理由として、本件清算約定のみを解除する旨、口頭で意思表示した(以下「本件解除」という)。

(3) 本件解除がなされたことは、被控訴人が、その後の同月三〇日以降の買約定書において、被控訴人、控訴人間で約定した商品単価につき、商品引渡時において、為替レートを追加変更して請求するようになり、控訴人もこれに応じて支払を行ってきたこと(被控訴人の右のような単価追加変更の取扱は、本件解除以前にはなかった)、またその頃から円安状況が進行して、本件清算約定による清算をすれば、被控訴人が控訴人に対し清算金の支払を請求できる事情にあったのに、被控訴人は、その後昭和五七年一〇月三〇日まで右清算の要求を一切行わなかったことからも明らかである。

(二) 以下の事情により、本件清算約定は、さらに合意解約された。

(1) 控訴人は、本件解除の際、被控訴人に対して、以下の内容の申し入れを行った。①本件解除以前に引渡ずみの商品にかかる清算金の請求権は消滅し、相互に請求しない。②右以後の引渡商品については、従来の四か月のアローアンスを廃止し、被控訴人は仕切時においてドルの四か月先物の予約をすることにより、右予約相場価格に基づいて商品の売買契約時の単価を修正し、これに基づく金額を代金額として請求する。

(2) 被控訴人の本件取引担当者である矢沢叡爵(以下「矢沢」という)は、本件解除の意思表示を受領した後、控訴人の右申し入れを承認した。これにより、本件清算約定については、合意解約も成立した(以下「本件合意解約」という)。

(3) 仮に、矢沢に本件合意解約をなすにつき代理権がなかったとしても、本件取引は長年月にわたりすべて矢沢が担当して行われてきたものであり、矢沢は、本件取引に関し基本代理権を有していた。したがって、控訴人は、本件解除の通知の受領ならびに爾後の決済方法の決定についても、同人が代理権を有するものと信じ、かつこれを信ずるにつき正当な理由を有していた。

(4) 本件合意解約がなされたことは、前記(一)(3)の事情により明らかである。

2  仮に抗弁1が認められないとしても、以下のとおり、本件清算金債権は時効により消滅した。

(一) 本件取引は、被控訴人が提示した韓国製商品の見本などにより、控訴人は被控訴人に対し、購入すべき商品及びその数量を、色・柄などの希望条件とともに、注文し、被控訴人において、右注文条件に沿う商品を韓国の製造業者に注文して買い受け、控訴人は被控訴人から、日本国内において引渡を受ける条件で、右商品を買い受けるものであり、典型的な売買である。

仮に本件取引が典型的な売買に当たらないとしても本件取引の形態に照らし、代金支払義務の発生原因の少なくとも重要な部分において売買的要素を含む有償契約であること、本件取引の目的商品は、一般消費者向けの流通商品であり、しかも季節物の靴下であるから、早期迅速に転売処分されるべきものであり、したがって、その代金決済も早期迅速に処理されるべきものであることなどに照らして、本件取引の代金は、民法一七三条一号の「商品の代価」に相当する。

(なお被控訴人は問屋ではなく、控訴人と被控訴人との間において、商品の輸入のための委任関係もなかったことは、委任事務終了の際に必要とされる報告義務を被控訴人が履行した事実がないことからも明らかである。)

右いずれの場合においても、被控訴人は卸商にあたるところ、本件清算金は、既定の売買代金の為替相場の変動による事情変更に伴う差額金の清算であって、その実質において売買代金の不足分の清算にほかならないので、民法一七三条一号の消滅時効の適用がある。

(二) 本件清算金債権の時効の起算日は、各輸入取引における信用状の決済日である。そうすると、被控訴人の本件清算金債権の対象となる各取引の信用状決済日は、昭和五五年一〇月三一日から昭和五七年九月八日であるから、遅くとも同日から二年間経過した昭和五九年九月八日の経過をもって、本件清算金債権はすべて時効により消滅した。

(三) 控訴人は、原審第六回口頭弁論期日(昭和六〇年一〇月七日)に、右時効を援用した。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  認否

(一)(1) 抗弁1(一)(1)の事実は否認する。同(2)の事実中、控訴人が被控訴人に対し、昭和五六年六月一八日、同年三月末日以前の取引に関する清算金の支払を求めたのに対し、被控訴人がこれを拒絶した事実は認め、その余の事実は否認する。同(3)の事実中、被控訴人が、昭和五七年一〇月三〇日まで、清算の要求を行わなかった事実は認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(二)の事実中、同(3)の矢沢が本件取引を担当してきた事実を認め、その余の事実は否認する(同(4)の事実の認否は抗弁1(一)(3)の認否と同じ)。

(二) 同2の事実はすべて否認する。

2  反論

(一) 抗弁1に対して

(1) 控訴人が、本件清算約定を解除する合理的理由はなかった。

① 本件取引は、請求原因2主張のとおり、控訴人が商品の指定、価格の決定などを行った上で、被控訴人が、控訴人の発注に基づいて、控訴人の指定した商品の輸入を代行し、一定の手数料を得て、控訴人に引き渡すことを目的とするものであり、単なる売買ではない。買約定書(甲第三一号証)の契約条件2のイ、ロで、輸出入税、運賃、保険料に変更等があった場合には、当然買手負担にて単価変更すると定められていること、被控訴人自身が輸入販売を行う場合には、輸入商品の販売成績、為替相場変動によるリスクは被控訴人の負担となるため、輸入コストに上乗せする手数料は一〇ないし二〇パーセントであるところ、本件のような輸入代行の場合、手数料が五パーセントと低いことなどに照らして、本件取引が、もっぱら控訴人の計算においてなされたものであり、右諸リスクも当然控訴人に帰属することは明らかである。

② 控訴人は、本件清算約定が本件取引の売買契約とは別個の、為替相場の変動による投機的な特約であると主張するが、本件取引のような輸入代行においては、右為替相場の変動による清算は当然に生ずるものであり、商慣行として常識であり、右清算部分を投機的部分として別個の取引とする商取引は考えられない。したがって、被控訴人のみが為替レートの変動によるリスクを負担すべき理由はなく、本件清算約定は、為替レートの変動の激しい当時においては、当事者双方の利害に深く関わる約定であって、一方的に、基本的継続的取引と別個に解除できる理由は存在しない。

③ さらに、被控訴人として、相当額の清算金を請求することができる見込みがあるのに、たやすく本件清算約定の合意解除を行うことなどあり得なかった。被控訴人が、本来ならば一旦清算すべきであった昭和五五年度分の為替差金の清算金の支払に応じなかったのは、当事者双方の予測に反し、円高があまりにも急速に進み、昭和五六年六月二〇日時点で引渡ずみの商品について、信用状の決済の済んでいた分を実決済額で、決済の済んでいない分につき、当時の相場により決済額を一ドルあたり二三〇円の額で計算すると、別表為替差額計算書②記載のとおり、被控訴人の控訴人に対する清算金債権は九六八万二四一〇円であり、当時すでに控訴人に支払うべき清算金は実質的に存在しない事態であったうえ(昭和五六年七月一〇日までの分の実清算額は二九六万五一二〇円であった)、円安傾向がさらに進行することが見込まれたため、なお一層被控訴人の控訴人に対する清算債権が増大する可能性が高いという特別事情があったため、一時清算を留保したにすぎない。

(2) 本件解除及び合意解約がなされた事実も存在しない。

① 控訴人が被控訴人に対し、昭和五六年六月二〇日頃、本件解除の意思表示を行った事実は存在しない。右同日は、控訴人の被控訴人に対する昭和五五年度の清算金の請求を行った日の二日後であるが(甲第二八号証)、従前の請求と支払の時間的間隔に徴して(甲第二五、第二七号証の各一、二)、被控訴人がそのような短時間に右支払の留保の決定を行うことはありえず、被控訴人が控訴人に対し未払留保の決定を伝えたのは、控訴人が右請求を行った約一か月後であった。

② 控訴人は、昭和五六年六月三〇日付仕切伝票に単価訂正がなされたことを奇貨として、被控訴人が合意解約に応じたと主張するに過ぎない。被控訴人が、昭和五六年六月三〇日仕切分以降の取引のあるものについて、仕切単価の変更を行ったのは、同年一月から四月までの間、為替レートは二〇二円ないし二一〇円台を高下していたところ、同年五月に一〇円余の円安となり、六月に入って右円安傾向が定着したと判断されたため、仕切価格と実勢価格との差が大きくなりすぎるので、被控訴人側から単価訂正の申し入れを行い、控訴人の了承を得た上で行ったものであり、控訴人側から単価訂正の申し入れを行った事実はなかった。本件清算約定は右単価訂正によってなんら変更されるもので当なく、右訂正分についても、本件清算約定に基づく清算を要することは従前の取引同様である。

③ 矢沢には控訴人との間に本件清算約定を合意解約する代理権はなかった。同人が被控訴人の営業担当者として本件取引を担当していたことは事実であるが、本件取引に関する矢沢の権限は当然通常の取引の枠内に限定されており、契約自体もしくはその一部の合意解除、多額の清算金の支払の免除等、契約の重要事項に関する代理権まで与えられていなかったことは自明である。控訴人代表者においても自己の使用する営業社員にそのような権限を与えていない筈であり、控訴人代表者も、被控訴人が矢沢に右代理権を与えていないことを熟知していたことは明らかである。

④ 被控訴人が、控訴人に対して本件清算金債権を昭和五七年一〇月まで請求しなかったのは、事務上の煩雑さに起因する手続上の懈怠が被控訴人側にあったためであるが、右請求後に両当事者間で協議を行った昭和五八年一月段階において、控訴人代表者が既に本件解除及び合意解約がなされたことを主張した事実もない。

(二) 抗弁2に対して

本件取引は、請求原因主張のとおり、控訴人の計算においてなされる輸入代行であり、被控訴人は、右取引の実態から見て、自己の名において、委託者の計算により、第三者と物品を販売しまたは買い入れる営業である問屋営業に類似し、本件取引に対しては委任、請負に関する規定の準用がなされるべきであり、民法一七三条一号が適用されるべき売買には当たらず、被控訴人は同条一号のいずれにも該当せず、また本件清算金債権は、同条にいう「商品の代価」には該当しない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一請求原因1及び2について

一請求原因1について

請求原因1の事実中、後段の事実は当事者間に争いがなく、前段の事実は<証拠>によって認めることができる。

二請求原因2について

1  請求原因2(一)の事実中、被控訴人が輸入した商品を控訴人が買い受ける取引が存在したこと、同(二)(4)の事実中、被控訴人、控訴人間で一旦仮決済を行い、後に清算する合意がなされたことは当事者間に争いがない。

2  右1の当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められ、右本人尋問の結果中、下記認定に反する各供述部分は、右各証拠に照らして措信できない。

(一) 控訴人代表者は訴外三岡繊維株式会社代表取締役三岡丹一の長男であるところ、同社は韓国製靴下を輸入するにあたり、右輸入靴下の取扱を独立の会社で担当させることとしたことにより、控訴人は、昭和五二年七月一七日、設立された。

(二) 被控訴人は、控訴人との間に、控訴人設立当初から、矢沢が担当して、被控訴人が自らの判断で商品を選択して輸入した商品を控訴人が購入する通常の売買取引(円建て価格で取引し、為替相場の変動に伴う清算を行わない)のほか、被控訴人が韓国内において有する靴下製造業者との豊富な取引関係及び被控訴人の輸入手続上のノウハウを利用して、控訴人代表者が、一年を秋冬、春夏の二シーズンに分けて、被控訴人の斡旋により韓国の現地に赴きあるいは国内で被控訴人の提示する現物見本を見て、色、柄、種類、数量を指定して選定した商品の買付を被控訴人に注文し、被控訴人が韓国の製造業者にこれを注文し、右業者が製造した商品を輸入し、控訴人に引き渡す取引(以下「本件取引」ともいう)を継続的に行ってきた。

(三) 本件取引は、被控訴人が控訴人宛に「買約定書」と題する書面を作成交付し、控訴人は右書面最下欄に「三岡物産(株)」もしくは「三岡哲夫」と署名のみをして、被控訴人宛に返送する形式で個別的に成約されたが(別紙「買約定書」はその一例)、同別紙一枚目表示のとおり、右買約定書の表面取引商品欄には、当該取引の対象商品名とその数量(デカ単位)、その単価及び当該商品の取引金額(いずれも日本円単位)を記載し、同欄の下欄に、積月(商品の韓国出荷時期)、揚地(日本における商品の揚陸地点)、受渡場所(控訴人に対する商品引渡場所)を個々の取引に応じて記載するほか、さらに本件取引を通じての共通の約定として、支払条件(一三〇日サイトの約束手形とする)、決済通貨(米国通貨ベースとする)を記載し、右決済通貨の記載に続けて、商品引渡時の仮為替レートにより、商品のドル単価から控訴人の支払単価の日本円価格を算出する計算式(一デカあたりの単価×一ドルあたりの円×被控訴人マージン率)を記載するほか、裏面には、一般的な契約条件として、別紙二枚目表示1ないし5記載のとおりの約定が不動文字で印刷されており、本件取引においては、各個別契約後に輸入諸費用が増加した場合はすべて当然に控訴人負担で単価を変更することとされていた。

(四) 被控訴人は、商品輸入にあたり、信用状を開設し、韓国の製造業者が商品発送後に、その船荷証券を取得するために、銀行から一二〇日サイトの約束手形を差し入れてドルを借りて、右信用状を決済する右約束手形満期日の為替相場で返済を行うこととした。本件取引の場合、両者協議のうえ、取引の当初から、右借入期間後の返済期日のドルの先物予約を行って為替リストを回避する方法は取らず、右方法に代え、商品引渡時(銀行からのドルの借入時とほぼ一致する)の後記仮為替レートと信用状決済時の為替レートの差益差損を、各シーズン毎に一括して、少なくともそのシーズン後に、相互に清算を行うこととし、右清算の際には、右両時点におけるレートの差額を計算し、前者のレートの方が高く、未払い分が存在する場合には、被控訴人が控訴人に対して右未払い分を、後者のレートの方が高く、過払い分が存在する場合には、控訴人が被控訴人に対して右過払い分を、それぞれ清算して支払う方法を採用した。

(五) その際、商品一デカ(一〇足)あたりの原価格すなわち輸入単価(ドル)に、右価格の約二五ないし二七パーセントの被控訴人マージン(信用状開設及び通関等の輸入手続に要する諸費用が約二〇パーセント、被控訴人の手数料が約五パーセントないし七パーセント)を加算して、本件取引の売買単価(ドル)を決定し、被控訴人は、商品代金及び輸入諸費用を支払って船荷証券を受け取り、受け取った商品を控訴人にただちに引き渡し、各商品の右代金の支払についても、右引渡時点において円で行うこととした。右支払額の決定は、必ずしも右時点における実際の為替レートを基調とせず、控訴人代表者と被控訴人担当者矢沢とが協議して、端数の出ないような仮為替レート(たとえば、二〇五円とか二一〇円)を、一シーズン中に随時決定して、右レートによって円価格を算出して行い、被控訴人から控訴人に対する請求も、各商品につき前記(三)の計算式で決定された円価格につき売上伝票を作成して行ってきたが、その際、右売上伝票にも、仮為替レートによる日本円価格算出の計算式を概ね付記した。

(六) 控訴人は被控訴人に対し、毎月の商品引渡分に関する被控訴人の請求分を毎月二〇日に締め切り、翌月一〇日に一三〇日サイトの約束手形で支払う方法によって決済してきた。

(七) 昭和五五年一〇月三一日以降昭和五六年三月二五日までの間の為替レートは、一ドル当たり202.55円から215.30円の間に推移し、右シーズン中は二〇五円、二一〇円、二一五円を仮為替レートとして取引を行っていた。

(八) 控訴人は被控訴人に対し、昭和五六年六月一八日付請求書を矢沢に交付して、昭和五五年一〇月頃から昭和五六年三月末頃までの為替差額分三六七万二一〇二円を請求したが、矢沢は、被控訴人側が請求できる清算金が発生しているので検討する時間がほしいと答えて、右請求に対する回答を留保して帰社した。同人から右請求の報告を受けた被控訴人の経理総務担当取締役戸奈巳喜雄は、同年五月一九日の為替レートが一ドルあたり二二二円と円安となり、同年六月九日では230.30円にまで円相場が下落したことから、右請求の時点では、既に判明している右請求分以後の取引分の清算金と通算すると、被控訴人が支払うべき清算金は二〇〇万円弱であったうえ、今後さらに円安が進行し、被控訴人が逆に清算金を請求できる事態となることは必至であると判断されたことから、矢沢に対し、控訴人の右請求分の支払は留保する旨回答するように指示し、矢沢は、同年七月頃、右拒絶の旨を控訴人代表者に伝えた。控訴人代表者は、本来ならば本件清算約定によって控訴人が回収しうる清算金を被控訴人が拒絶したことに立腹し、矢沢に対し「初めに約束してあるので、払うものは払い、貰うもんは貰い、今後はやめにする。」と述べたこともあったが、被控訴人は右支払拒絶の回答を撤回せず、その後は、被控訴人において、銀行からの借入ドルにつき先物予約を締結することもなく、右請求分の清算及び本件清算約定の変更につき話し合いを行わないままに、本件取引を継続した。

(九) 被控訴人は、円安傾向がさらに進行しつつあったため、右円安傾向が開始する前に決定した仮為替レート額二一〇円では、商品引渡時点での実際の為替レートとも既に大きな差があり、右仮為替レートによる仮計算のままでは信用状決済時における為替レートとの差が大きくなりすぎるため、随時、仮為替レートを修正して、仮単価を追加する形で請求することとし、控訴人代表者にその旨を伝えて、その承諾を得て、昭和五六年六月三〇日頃から、売上伝票による控訴人に対する請求の際、同一商品につき、仮単価追加分の売上伝票を別に作成して、右伝票には「仮計算 当方二三〇万にて売上処理致します。」と付記して、控訴人に交付請求し、その後も同様の方法で請求するようになり、控訴人もその支払を行ってきた。

(一〇) 本件取引は、昭和五七年五月末の輸入分で終了し、被控訴人、控訴人間の前記通常売買も同年一二月二〇日分で終了した。

(一一) 被控訴人は控訴人に対し、昭和五七年一〇月三〇日付及び昭和五八年一二月六日付各請求書により、昭和五六年度清算金一〇九一万九一〇六円及び昭和五七年度清算金一二〇万一六三六円の合計額一二一二万〇七三六円から、控訴人の被控訴人に対する前記清算請求金三六七万二一〇二円及び昭和五六年度分の単価訂正分一六万一四〇〇円の合計額三八三万三五〇二円を控除した残額八二八万七二三四円を請求した。

3 控訴人は、本件取引は、控訴人と被控訴人間の売買契約であって、被控訴人の名において輸入された商品を控訴人が購入するものに過ぎないと主張するが(事実欄第二、二2(一))、本件取引は、前記認定のとおり、被控訴人が韓国において買い付ける商品の選定はすべて控訴人が行い、被控訴人に対してその買い付けを発注するものであり、本件取引と平行して行われた、被控訴人が独自の判断で輸入した商品の売買取引とは異なる方式で取引がなされたこと、被控訴人が商品を輸入するにあたり、輸入諸費用に変更があった場合は、控訴人が当然にその増加分を負担する約定であったこと、前記二2認定の本件清算約定が合意されたこと等を総合すると、本件取引を通常の売買と解することはできず、右主張を採用することはできない。むしろ、前記2認定によれば、本件取引は、控訴人が注文した商品を、控訴人の計算と負担において(本件清算約定の主目的は商品引渡時点と信用状決済時点との為替レートの変動によって生ずる差損益を控訴人に帰属せしめることにある)、被控訴人が韓国の製造業者から買い付け、輸入して、控訴人に引き渡し、被控訴人はその買付及び輸入の手数料を取得する性質の契約であり、その本質は売買であると言うことはできず、被控訴人が主張するように、純然たる輸入代行であるとまで断定することはできないが、少なくとも輸入代行的要素の強い取引であると認めることができる(本件取引において個別的契約につき使用された「買約定書」という特殊な用語は買付約定書を意味すると解される)。

また、控訴人は、本件取引の買約定書に「米国通貨ベース」の文言があるものの、右文言に引き続いて、円建ての記載がなされることにより、右文言の主旨は否定され、本件取引は円建てであった旨主張するが(事実欄第二、二2(二)(2))、前記二認定のとおり、本件取引は、控訴人の注文に基づき、被控訴人が商品の買付及び輸入を行なう性質上、代金及び輸入諸費用をすべてドルによって決済するため、ドル建てとされたものであり、買約定書において、円価格が算出されたのは、単に控訴人が被控訴人に対して支払う場合の代金決済は円をもって行うこととされたために過ぎず、右円貨支払額の決定はあくまでも既にドル建てで決定された代金額を円に換算する手続に過ぎないと認められるので、右主張も失当である。

さらに、控訴人は、本件取引における為替レートの変動によるリスクは、売主である被控訴人が負担すべきものであり、控訴人が為替レートの変動によるリスクを当然に負担する義務はなく、控訴人が、本件清算約定による為替差益の清算を行ったのは、買約定書裏面記載の契約条件第五項の約定により、売買契約時と信用状決済時との為替レートの変動が激しいときは清算することを両者間で協議する余地が残されており、右特約条項に基づく協議の結果行われたに過ぎず、本件清算約定は本件取引の売買契約とは別個になされた契約であり、為替相場の変動による投機的かつ派生的な約定にすぎない旨主張する(事実欄第二、二2(二)(3))。たしかに通常の輸入物の売買であれば、売主が外国から買い入れる際に買主が為替リスクを負担すべき理由は存在しないし、また買主の計算において売主が輸入代行を行う場合においても、本件清算約定のような清算方法が常に必要であるとは言えない(本件においても、被控訴人がドルを借り入れる際の為替リスクを先物予約によって回避し、あるいは被控訴人の手数料を、為替リスクをカバーできる程度に設定する方法を採用することも可能であったと考えられる)。しかしながら、前記2認定によれば、本件取引においては、被控訴人には商品輸入諸費用の契約後の増加における危険責任はなく、むしろ控訴人が右増加分を負担することとなっていたものであり、被控訴人が輸入に際してドルを借り入れる際も、信用状決済時における為替リスクを回避するための先物予約を行わないで、本件清算約定による清算の方法を、両者協議の上で取引当初から採用したものであること、被控訴人の本件取引の手数料は約五パーセントないし七パーセントに過ぎなかったこと(本件取引においては、右手数料は為替リスク分を考慮して決定されたものではないことはさておき、仮にたとえば、商品引渡時における仮為替レートが二一〇円、信用状決済時における為替レートが二三〇円であるとすると、差損は8.69パーセントに及ぶことから見ても、右為替リスク分も加算して手数料を決定する場合、手数料の率が本件よりも相当程度高いものとなることは明らかである)が認められる一方、<証拠>によれば、買約定書の契約条件第五項は、韓国の商品製造元における商品盗難、その倒産等の、各個別契約の契約当時予測できなかった事態が発生した場合の処理の条項であると認められ、本件清算約定は右条項とは別個の考慮に基づいて合意された約定であると認めるのが相当であることを勘案すると、本件清算約定は、本件取引の本質的契約内容と認めることができ、控訴人の右主張は失当と言うべきである。

4  以上によれば、請求原因2の事実はすべて認められる。

第二抗弁について

一抗弁1について

1  抗弁(一)について

(一) 控訴人は、本件清算約定は、本件取引の売買契約とは別個になされた、為替相場の変動による投機的な特約であり、本契約と切り離して解除しても、売買契約自体に対して基本的影響を与えるものではなく、一方当事者は、相手方に右特約違反等の相当の理由が存在すれば、本件清算約定のみを一方的に解除することができると主張し、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果中には右主張事実に沿う各供述部分の存在が認められるが、前記第一判示のとおり、本件清算約定は、本件取引の本質的契約内容であると認められ、そのことは、本契約と切り離して解除すると、本件取引においては、輸入に伴うリスクは、為替リスクも含めて、控訴人が負担することとされているにもかかわらず、右解除によって、為替差益が被控訴人側に出た場合はさておき、差損が出た場合、信用状決済時における為替リスクを負担しなければならないことになり、為替リスクに関しては一転して被控訴人が負担せざるを得ない事態となるのであり、右為替リスクの負担を被控訴人が甘受できるような改定が本契約の他の約定に関してなされない限り、被控訴人において本件取引を継続し難い結果を招来すると言うべきであることからも明らかである。

したがって、本件清算約定の不履行が本契約上の債務不履行として、民法の規定にしたがって、本契約自体の契約解除の理由となることがありうることは当然としても、本件取引の契約の意思解釈として、控訴人が被控訴人に対して、本件清算約定のみを一方的に解除することはできないと言うべきである。

(二) そこで、次に本件解除の事実の存否を案ずるに、

(1) 抗弁1(一)(2)の事実中、控訴人が被控訴人に対し、昭和五六年六月一八日、同年三月末日以前の取引に関する清算金の支払を求めたのに対し、被控訴人がこれを拒絶した事実は当事者間に争いがない。

(2) 控訴人は、右拒絶が信義に反し不当なものであったので、被控訴人に対し、同年六月二〇日頃、本件清算約定のみを解除する旨、口頭で意思表示したと主張し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中には右主張に沿う各供述部分の存在が認められる。たしかに前記第一、二2(八)認定のとおり、控訴人代表者が、本来ならば本件清算約定によって控訴人が回収しうる清算金を被控訴人が拒絶したことに立腹し、矢沢に対し「初めに約束してあるので、払うものは払い、貰うもんは貰い今後はやめにする。」と述べた事実は認められる。

しかしながら、前記第一、二2冒頭掲記の各証拠及び同項認定事実によれば、控訴人は、右主張の本件解除当時、本件取引を継続する意思であったこと、本件清算約定は本件取引の本質的契約内容であり、本件清算約定のみを切り離して解除することはできず、控訴人代表者もまた右事実を当然知っていたことが認められること、控訴人代表者は、当審における本人尋問において、一ドル当たり二〇円の単価を追加すると、控訴人の利益は全部飛んでしまうとも供述しており、当時としては円安の傾向にあったとはいえ、為替相場は常に不測の変動を繰り返しており、当面は円安の傾向が予測されたとしても、為替相場の一般的常識として、商品引渡時の仮為替レートと信用状決済時との為替レートとの相関によって、当事者のいずれが清算義務を負担することになるかは予断を許さない状態にあることは明らかであるから、本件清算約定を解除してしまうと、為替相場が今後円高に転じた場合には控訴人側が過払い分の清算を請求しえず、そうすると控訴人の得べかりし利益分の回収を右清算によって行い得ない結果となることは明白であったこと、一方、仮に被控訴人が、控訴人の本件解除の意思表示を受領して、控訴人が今後為替リスクを負担しない意思であると認識したとすれば、被控訴人としても、控訴人との間になんらかの右リスク負担に関する協議を繰り返し、あるいは右時点以降の契約分につき先物予約を行うことにより為替リスクの負担を回避するのが当然であるところ、被控訴人においてそのような行為を行った事実は本件全証拠によっても認められないこと、さらに、被控訴人が控訴人の清算金の支払を拒絶した理由は前記第一、二2(八)認定のとおりであるところ、右拒絶が本件清算約定の清算の時期に関する合意に違反していることは明らかであるが、被控訴人の右拒絶によって、控訴人としては本来清算金をその時点で回収する利益を失うものの、右請求分以降の清算にあたり、右請求分は当然一括清算されることとなり、円安傾向の状況下においては、控訴人側にとっては、被控訴人に対する来たるべき清算金支払額が軽減されるのであるから、右支払拒絶は、被控訴人として、本件取引の解除を正当ならしめる程度の債務不履行と言うことはできないし、控訴人としても、右支払拒絶が本件取引の継続の是非を検討すべき程度に、被控訴人に対する信頼を揺るがせる約定違反であったと認めることはできないこと、以上の諸点を総合すると、控訴人代表者は、本件清算約定を解除する明確な意思に基づいて、矢沢に対する前記言辞を行い、あるいは右言辞が最終的、確定的な本件解除の意思表示であったと認めることはできず、また仮に右解除の意思表示がなされたとしても、前記(一)判示の理由により、右意思表示は無効であると言うべきである。

控訴人は、被控訴人が、その後の同月三〇日以降の買約定書において、被控訴人、控訴人間で約定した商品単価を、商品引渡時において、為替レートを変更改定して請求するようになり、控訴人もこれに応じて支払を行ってきたこと、またその頃から円安状況が進行して、本件清算約定による清算をすれば、被控訴人が控訴人に対し清算金の支払を請求できる事情にあったのに、被控訴人は、その後昭和五七年一〇月三〇日まで、右清算の要求を一切行わなかったことからも、本件解除が行われた事実は明らかであると主張する。

なるほど、前記第一、二2(九)認定のとおり、被控訴人は、被控訴人主張の頃仮単価を追加して請求するようになった事実が認められる。しかしながら、被控訴人が右仮単価の追加の請求を行うようになった事情は同項認定のとおりであって、右認定事実によれば、被控訴人は、控訴人に対する各商品代金の最終的な請求金額を決定するために、右仮単価の追加を行ったものではなく、単に商品引渡時における仮為替レートを、その時点の円安傾向の為替相場に概ね合致するようにし、かつ信用状決済時における清算について、清算金があまり出ないようにするために、単に仮為替レートを修正したに過ぎず、控訴人が本件解除を行ったために、被控訴人が右行為を行った事実は本件全証拠によっても認めることはできず、したがって、右行為がなされたことをもって本件解除の事実の間接証拠とすることはできないと言うべきである。

また被控訴人が、本件清算金を昭和五七年一〇月三〇日になって請求したことは前記第一、二2(二)認定のとおりであり、被控訴人は、本件清算約定によれば、昭和五五年半ばに請求できる筈の昭和五五年秋冬シーズン分を一年強、昭和五六年末頃に請求できる筈の同年春夏シーズン分を一年、昭和五七年半ばに請求できる筈の昭和五六年秋冬シーズン分を約四か月いずれも遅れて請求したことになる(同年秋冬シーズン分は本件清算約定どおり請求したことになる)。しかしながら、従来の清算が本件清算約定にしたがって、請求しうる最初の機会に常に清算されてきたか否かは本件全証拠によっても明らかではなく、前記証人矢沢、同戸奈の各証言によれば、右請求の遅延は単に被控訴人側の手続上の懈怠に起因することが認められ、本件解除がなされた故に、被控訴人が右請求を行わなかったことは本件全証拠によっても認めることができないと言うほかはない。

(3) 以上のとおり、本件解除が行われた事実もまた認めることはできない。したがって、抗弁1(一)は理由がない。

2  抗弁1(二)について

控訴人は、本件解除の際、被控訴人に対して、事実欄第二、三1(二)(1)記載の趣旨で本件合意解約の申し入れを行い、矢沢は控訴人の右申し入れを承認し、本件合意解約が成立したと主張するが、右主張事実は本件全証拠によっても認めることができない(その理由は前記1と同旨である)。そうすると、抗弁1(二)は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二抗弁2について

1  控訴人は、本件取引は、典型的な売買もしくは、その少なくとも重要な部分において売買的要素を含む有償契約であり、本件取引の代金は早期迅速に決済されるべきものであって、民法一七三条一号の「商品の代価」に相当し、本件清算金はその実質において売買代金の不足分の清算にほかならないとして、本件清算金債権に民法一七三条の短期消滅時効を適用すべきことを主張するが、以下の理由により右主張は採用できない。すなわち、

(一) まず、控訴人は、本件取引は典型的な売買であると主張するが、前記第一、二2認定のとおり、本件取引においては、被控訴人が韓国の製造業者から買い付ける商品の選定は控訴人が行うこと、被控訴人が行う輸入業務も、その諸費用は、輸入諸費用及びその契約後の予想外の増加分、被控訴人の銀行から決済資金であるドルの借り入れの返済時の為替リスクの負担を含めて、すべて控訴人の負担において行われること(典型的な売買であれば、以上のようなリスクは当然売主が負担すべきであり、本件清算約定もまた不要であった筈である)、被控訴人は単に商品原価の五ないし七パーセントの輸入手数料を得るに過ぎないこと、被控訴人は船荷証券を取得すると、ただちに控訴人に当該商品を引き渡していたことなどの具体的態様に徴して、本件取引は控訴人が主張するような典型的な売買と認めることは到底できない。

(二) さらに、控訴人は、本件取引の形態、代金支払義務の発生原因の少なくとも重要な部分において売買的要素を含む有償契約であると主張するが、民法一七三条の適用の有無は、単に当該取引が売買的要素を含むか否かによって決せられるものではなく、民法一七三条が特定の取引類型につき特に短期消滅時効の規定をおいた趣旨に鑑み、当該取引が短期消滅時効の適用を相当とする取引形態であるかによって決せられるべきである。本件についてこれを見るに、前記第一、二2認定の諸事情に照らし、かつ前記第二及び右1の各判示によれば、本件取引は、被控訴人が韓国内において有する靴下製造業者との豊富な取引関係及び被控訴人の輸入手続のノウハウを利用して、控訴人が被控訴人に商品の買付輸入を委任するものであり、被控訴人の本件取引に対する関与の実態は、被控訴人主張のように、自己の名をもって他人のために物品の販売または買入をなすを業とする問屋に類似した営業であるとまで断定することは、本件取引が完全に控訴人の計算においてなされるとは言い難い点で、困難であるが、本件取引においては、前判示のとおり、輸入諸費用及び契約後その増加分を控訴人が当然負担する点や本件清算約定の存在する点を考え合わせると、本件取引が概ね控訴人の計算においてなされてきたことが認められ、これらの点を考慮すると、本件取引が売買的側面を含んでいることは否定できないとしても、控訴人の被控訴人に対する関係は、それ以上に大きな比重で委任的側面を含んでいることが認められ、右のような本件取引の特殊な性格に照らして、本件取引が民法一七三条が適用されるべき短期迅速に決済されるべき売買取引に類すると解することはできないと言うべきである。

(三) さらに、控訴人は、本件取引の代金が、民法一七三条一号の「商品の代価」に相当し、本件清算金はその実質において売買代金の不足分の清算にほかならないと主張するが、前判示のとおり、本件取引自体が売買ではなく、むしろ被控訴人が控訴人の委任を受けて行う輸入代行的性格を色濃く含む契約であると解すべきであり、控訴人が被控訴人に対して支払うべき本件取引の代金は、単に商品に対する代価の性格に止まらず、被控訴人が自らの経験とノウハウに基づいて買付及び輸入を行うことに対する報酬(手数料)の性格を主として有することが認められるので、本件取引の代金が民法一七三条が「売却したる産物及び商品の代価」に該当するとはにわかに認め難いうえ、本件清算金債権が右「商品の代価」に該当するとは到底認められない。なぜなら、前判示のとおり、本件清算約定は、被控訴人と控訴人間の商品輸入代金決済後に、被控訴人が信用状決済を行うにあたり、その為替差損金を控訴人に帰属せしめるためのものであって、本件清算金は、本件取引の売買代金の単なる不足金の清算に止まらず、被控訴人と控訴人間の為替リスク負担に関する特殊な合意に基づく負担金の性質を有することが認められ、右性質の側面においては、本件清算金債権を同条の「商品の代価」と解することはできないと解されるからである。

2  以上によれば、抗弁2は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三請求原因3について

前記第一、二2冒頭掲記の各証拠によれば、請求原因3の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

第四結論

以上によれば、請求原因事実はすべて認められ、抗弁事実はいずれも認めることはできない。よって、控訴人は被控訴人に対し、本件清算金金八二八万七二三四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(昭和六〇年二月二八日)から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべきである。

第五そうすると、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、原判決主文第一項は、原判決事実欄及び理由欄各記載に照らし、誤記であることは明白であるから、これを本判決主文第三項のとおり更正することとし、民訴法三八六条、三七八条、一九四条一項、八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官潮久郎 裁判官杉本昭一 裁判官三谷博司)

別紙<省略>

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